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【開催報告】三浦友加の人生観「今の時代を 明るく 楽しく ムリなく 生き抜こう!」

おいしいサンロク女子会 2020.11.26
sanroku

サンロク
パートナー
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2020年9月16日(水)開催のおいしいサンロク女子会は、タレント三浦友加さんより講師を務めていただきました。

 

 

●講師
タレント 三浦 友加氏
1982 年山形県鶴岡市生まれ。料理家。やまがた特命観光つや姫大使。
吉本クリエイティブエージェンシーで芸人・タレントを13 年経験し昨年卒業し、現在フリーランスで活動。学生時代、芸人時代、現在にわたり約50 種類ものアルバイトを経験する。
2018年よりアーユルヴェーダや出羽三山精進料理の知恵などをとりいれた出張・薬膳スパイスカレー屋「ミウラのユカレー」も展開中。昨年結婚、出産を経験し、現在酒田市で子育て中。

 

●三浦友加の「働く」こと

・そもそもなぜ芸人になることを目指したのか
最初から芸人になろうと思って東京に行ったわけではなく大学進学で上京しました。
進学した大学は、本当に行きたかった学科ではなく第二希望だったため、8か国語を勉強するのについていけなくなって、その時に放送作家を目指してひとつの寮に住んで切磋琢磨する番組の企画があり、昔から気になっていた伝統工芸で「伝統工芸を救え」という企画を考えて採用され、デビューしました。

 

 

・50個以上経験したバイトについて
フルーツパーラー、居酒屋、イタリアンレストラン、ジューススタンド、古着屋、パスタ屋、郷土料理、餃子屋、九州料理屋、等。
最初はうまくいくかわからないので単発の派遣バイトを始めました。働いてすぐにお金がもらえるほうがありがたいと思いましたが、そういう現場は基本人を大事にしない人が多いので嫌な目にもあいました。結論的に言うと長く働いた方が居心地もいいし人間として人を嫌いになりにくかったです。

 

 

・芸人時代のお仕事、エピソード
吉本興業の養成所にいた時は女子3人でトリオを作っていました。最初の頃はテレビに出れましたが、1年毎に寿退社していき最後の1人になってしまいました。
1年間着ぐるみの仕事をした年もあります。当時は、「今を生きる」という感じで必死でくらいついていました。

 

坊主になった時は仕事が全くなくなった時で、モノマネオーディションで亀田興毅さんのモノマネで髪を全部剃ったら出させてあげるよと言われ、「それじゃそります」と夜中に24時間営業のスーパーでバリカンを買って剃りました。全然平気と思っていましたが、いざ坊主にしたときにポロっと一粒の涙が出て「私も女の子だったんだ」と思いました。

 

 

・山形県住みます芸人になってから
吉本興業の山形県住みます芸人を3年間やらせていただきました。
2011年に47都道府県に一人ずつ芸人を置いて日本各地から盛り上げようという企画で、山形県出身の芸人が少ないのもあり、誰も手を挙げなかったので私がやることになりました。
その当時はすでに坊主頭で、女の人の坊主は東京ではなじむかもしれないけど、山形には刺激が強すぎてました。そんな時、ある人に山形県の吉村知事に似ているから知事のモノマネをした方がいいよとズラをいただきました。吉村知事公認で「どんどん真似していいからね」と言われました。

 

 

 

●三浦友加の「食べる」こと

・料理の修行(鶴岡アルケッチャーノ、イタリア、インド)
東京から山形に戻って、鶴岡のアルケッチャーノで料理や在来野菜や面白食材を勉強させていただきました。
奥田シェフのお弟子さんがお世話になっているイタリアの方が日本に来た時に、パスタを習いたいことを話したら「イタリアに来たら教えてあげるよ」と言われてイタリアに行きました。有名なベジタリアンレストランの二つ星レストランの料理長だったらしく、そのまま一か月お世話になろうと思ったら5日目くらいに「ごめん仕事入っちゃった」とシェフがバリに行っちゃったんです。その後、伝手をたどってシェフが昔お世話になったボスのレストランで働かせてもらいました。言葉は99%わからなかったんですけれど、まかないで作った餃子が好評で、そこで初めて名前を聞かれました。おいしいものを食べると世界共通でなんとか生きていけると思いました。

 

 

・薬膳カレー「ミウラのユカレー」
実は数年前から「ミウラのユカレー」という薬膳スパイスカレーを作っているんですけれども、東京で芸人とアルバイトをしながら24時間常に動いているような状態で、すごくグチャグチャな生活リズムの20代を過ごして30代半ばまできたので、気付いたら体がボロボロになっていました。これはもう少し体を労わらなきゃと考えました。
あと飲食業界で働いているうちに、世界的に食料が少ないのにフードロスなどの悪循環も良くないと思ったり、野菜を水で洗うと腐るのが早くなってしまうので洗うなと言われたり。
そういうことが嫌だなと思い、山形に帰ってきて無農薬の野菜のレストランで働かせていただいて、在来野菜に触れているうちにこれは体にいいなと実感して、玄米もいいなとだんだんわかってきて、一皿でまとまるもの、一人で完結して作れるものとなったときにカレーにたどり着きました。

 

 

 

●三浦友加の「これから。。」

・今後の「三浦友加」
今は子育てでいっぱいいっぱいなんですけど、ありがたいことにカレーを食べたいという人がいらっしゃるので少し復帰させつつ、やっぱり伝統ある物が好きなのでそういうのも伝えていきたいなと。せっかく今の時代残っているので「この時代に生きている意味ってなんだろう」と考えた時、私はそこくらいしか自分の存在が当てはまらないかなと思って、関わりたいなと思っています。

 

 

・どんな風に生きていきたいか
できれば誰にも石を投げられず(笑)ネットでも叩かれず(笑)、なるべくストレスなく穏やかに楽しく生きていきたいです。
楽しく生きるのは一番大事だなと思いつつ、実は一番難しいなと思います。

 

 

まとめ

三浦さんのお話の中には、おもしろい中にも肩の力を抜いて自分らしく生きるヒントがたくさんありました。その中にもクスッと笑える三浦さんらしさや、物事の捉え方など参加いただいた方が元気になれるような内容でした。
また、酒田で結婚しママとなってからは、これまで無理をして自分を追い詰めて来たことに気づき、生き方自体を自分ファーストにしたことなど。参加してくださった方に、「色んなことがあるけど、無理しなくていいんだよ~!」「時には、自分を犠牲にせずに逃げることも大事だよ!」と、仕事と家庭、子育てや介護など色んなものを抱えて生きる女性の心が軽くなるようなメッセージをいただけたように思います。